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岡山地方裁判所 昭和42年(ワ)208号 判決

原告 長尾寿

右訴訟代理人弁護士 河原太郎

被告 児島嘉男

右訴訟代理人弁護士 重松隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金九一一万七七〇〇円とこれに対する昭和四二年五月六日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

「一、原告と被告とは各肩書住所にそれぞれ製造場を所有し酒造業を営んでいたが、昭和一九年一月一日企業整備の命令を受け廃業した。廃業当時の製造基本石数は原告が三〇八石、被告が六三〇石であった。

二、終戦後原告および被告外数名の岡山税務署管内転廃業酒造業者は従前の製造石数に応じ復活を認められた新基本石数を持ち寄り、備前酒造株式会社(備前酒造ともいう)を設立し、清酒製造免許を受け清酒の醸造業を営んだ。

三、その後、原告と被告は右会社より分離し共同して酒造業を営むことを合意し、同二七年二月一四日鶯宿酒造株式会社(鶯宿酒造ともいう)を設立した。この会社の資本の額一〇〇万円(発行する株式総数二万株、発行済株式数二万株、一株の金額五〇円)とし、原、被告が半数一万株あて引受け払込をした。もっとも、株主の名義は、原告は形式上長尾千鶴(妻)一〇〇〇株、長尾くに(母)五〇〇株、長尾友治(弟)五〇〇株、原告八〇〇〇株とした。当時備前酒造株式会社から返還を受けあるいは別に譲り受けてもっていた基本石数(酒造権)は原告一〇〇石、被告二〇〇石であったので、鶯宿酒造はそのうち被告の有する一〇〇石を有償としその余を各無償で使用することとし、岡山税務署長の製造免許を受け、原告住所の製造場を賃借して清酒の醸造を開始した。

四、鶯宿酒造の経営は原告と被告が一年交替で社長として主宰する約束であったが、被告は約束に反し社長の地位を独占し、社務を独断専行し、同三一年頃には原告の反対を押し切り半ば暴力的に製造場を被告の住所に移転し、会社の経理内容を明らかにしなかった。そのうち、原告不知の間に、同三八年一一月二〇日鶯宿酒造は西宮市浜脇町四番二六号に本店を有する新寿海酒造株式会社(新寿海酒造ともいう)に吸収合併されたが、その間原告の鶯宿酒造における前記株主権が消滅され同会社に関係ない者として合併せられ、さらに、原告が同会社に無償貸与していた基本石数(酒造権)が新寿海酒造に移転されて消滅するにいたった。原告は右事実を同三九年五月一九日始めて知ったもので、これらのことがどのような手続によってなされたか詳にしないが、いずれにしても、経営を独断専行していた被告が原告に無断でしたことである。被告は原告の承諾がなければできないことを知りながら勝手に前記原告の株主権および酒造権を消滅させる行為におよんだものであって、もとより不法行為を構成するから、これにより原告のこうむった後記損害を賠償する義務がある。

五、損害

(一)、鶯宿酒造が新寿海酒造に吸収合併された当時使用していた酒造権の基準指数(基本石数の制度が改められたもの)は二〇一、九であった。そのうち、六六、二九が原告、その余が被告の権利であった(前記一の同一九年当時の両者の製造基本石数の割合による)。そして、現在酒造業者間で、右基準指数一あたり金一三万円の割合で売買されているから、原告が右権利を失ったことによる損害額は金八六一万七七〇〇円ということができる。

(二)、鶯宿酒造株式一万株の株主権消滅により、原告は、その額面金額に相当する金五〇万円の損害をこうむった。

六、よって原告は被告に対し、以上合計金九一一万七七〇〇円およびこれに対する不法行為の後である同四二年五月六日から支払のすむまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決ならびに敗訴の場合の仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、

「一、請求原因一の事実は、被告の旧製造場の所在場所が肩書住所でなく岡山市古町京九一番地であった点を除き認める。

二、同二の事実は認める。

三、同三の事実中鶯宿酒造が被告のもっていた基本石数中一〇〇石につき有償で使用したとの点を除き認める。原、被告のもっていた基本石数(酒造権)は全部無償で鶯宿酒造に譲渡され同会社に帰属したものである。

四、同四の事実中同四一年始頃鶯宿酒造が製造場を被告の住居に移転したこと、鶯宿酒造が新寿海酒造に吸収合併(合併登記は同三九年四月二四日頃)されたことを認め、その余は否認する。右合併は同三八年一一月二〇日開催された鶯宿酒造の株主総会で決議されたもので、原告はこの総会に出席し諒解していた。これより先鶯宿酒造は同三一年三月二二日不渡手形を出して破産状態におちいった。当時の負債総額六四〇〇万円、積極資産二四〇〇万円であったので、同年七月一一日岡山地方裁判所に和議の申立をし、和議手続が開始せられ、同三三年四月一〇日訴外株式会社安福又四郎商店(安福商店ともいう)が和議債権の支払を保証する条件で和議認可決定がなされた。その結果安福商店は和議債権、別除権債権の支払資金や酒造設備の増設ならびに流動資金を融資することになり、その担保として鶯宿酒造の全株式の差入れを求められたので、被告にその旨連絡し了解をえて原、被告の有する全株式を差出した。そして、安福商店から代表取締役として小山真二郎、取締役として安福又四郎、太田半之助が加わり、鶯宿酒造経営の実権は安福商店に移った。ところが、同三八年八月頃安福商店自身の経営が悪化し、鶯宿酒造に対する事後の融資の打切りと当時の融資額一九〇〇万円の返済を要求してきたが、鶯宿酒造には返済能力がないため新寿海酒造が安福商店に対する債務を代払し、担保権を引き継いで、鶯宿酒造経営の実権を握り、吸収合併の手続をした。被告は形式上代表取締役として残っていたのみで、実質的には何らの権限も有しなかった。

五、同五の事実中合併当時鶯宿酒造の有する基準指数が二〇一・九であったことを認め、その余は否認する。原告のいう酒造権は鶯宿酒造に帰属していたもので原告個人に帰属していたものでないから、合併により新寿海酒造に移転するのは当然のことであり、これにより原告に損害の発生することはない。また合併当時鶯宿酒造の負債総額一九〇〇万円に対し有形無形の資産の評価額はこれとほぼ同額で、運転資金を全く調達できない有様で合併を拒めば破産となるほかなかったから、原告のいう株主権の喪失があるとしても、その評価格は零であり、損害発生の余地はない。」と述べた。

証拠≪省略≫

理由

一、まず原告主張の酒造権喪失による損害の賠償請求について検討する。

(一)、原告、被告外数名の岡山税務署管内の転廃業酒造業者が、終戦後従前の製造石数に応じ復活を認められたいわゆる新基本石数を持ち寄り、備前酒造株式会社を設立し、岡山税務署長から清酒製造免許を受け、清酒の製造業を営んだこと、原告および被告は右会社から分離し共同して酒造業を営むことを合意し、備前酒造から分離に際し返還または贈与を受けた新基本石数三〇〇石(原告一〇〇石、被告二〇〇石)を持ち寄り、昭和二七年二月両名が半額あて出資して資本の額一〇〇万円の鶯宿酒造株式会社を設立し、岡山税務署長から清酒製造免許を受けて清酒の製造販売業を始めたこと、同三九年始頃鶯宿酒造は訴外新寿海酒造に吸収合併されて消滅したが、当時鶯宿酒造がもっていた基準指数(原料米割当の基準となる指数で新基本石数に代るもの)が二〇一、九であったことは当事者間に争いがない。

(二)、原告が酒造権と称しているものの性格帰属について考えてみるのに、≪証拠省略≫によると、いわゆる酒造権なるものは、要するに、清酒製造免許申請者が清酒製造に欠くことのできない原料米の割当を受ける基準となる指数であって、原料米の受配を期待することができる権利的な性格を有し、関係酒造組合を経て所轄税務署長の許可を受けこれを譲渡することができるため、酒造業者の間においてその時価に応じて売買取引され、金融機関においても担保価値を認めて担保として取得していること、この制度は戦時中から戦後にかけて食糧事情がひっ迫し配給統制が強化されたことにともない酒造用原料米割当の必要から生じたものであって、昭和一三酒造年度から企業整備前である同一七酒造年度までの間割当の基準として用いられていた旧基本石数が、食糧事情や経済事情の変動にともない新基本石数(企業整備後である同一八酒造年度から同三〇酒造年度まで)、基準石数(同三一酒造年度から同三三酒造年度まで)、基準指数(同三四酒造年度以降現在まで)の順に移り変ってきたこと(以下これらのものを単に基準指数ともいう)、清酒製造免許は酒税法により一製造場における毎酒造年度の製造見込数量が法定の製造数量以上の者にかぎり与えられ、製造見込数量が法定の数量に満たない場合には免許を受けることができず、かつ実際の運用も免許申請者の有する基準指数が右法定数量に満たない場合にはこれを充足しないものとして免許を与えない取扱いがなされていたため、必然的に製造免許申請者は法定数量以上の製造に要する原料米確保のためその受配に必要な基準指数の取得を必要としたこと、鶯宿酒造が清酒の製造免許を受けた同二七年当時右法定数量は旧酒税法(昭和一五年法律第三五号)第一五条第一項、同法施行規則(昭和一五年勅令第一四五号)第六条第五号により製造見込石数三〇〇石と定められており、製造免許を受けるためには免許申請者において、三〇〇石の新基本石数を所有することが事実上必要とされ、賃借その他臨時借用の形式で一時的に右数量を満たしたような場合には製造免許を与えない方針がとられていたこと、をそれぞれ認めることができ、格別反対の証拠はない。

(三)、右認定事実から考えると、清酒の基準指数は原料米受配を内容とする期待的な権利として、清酒製造免許取得者に帰属するものということができる。それ故、基準指数を有する複数の者がこれを持ち寄り出資し、法人を組織して製造の免許を受けた場合には、内部的には持ち寄った数量に応じた持分的なものが考えられるにせよ、それはその法人から分離独立等のため返還を受ける際基準となる割合を意味するにとどまり、その権利は免許を受けた法人に帰属し、法人から適式に返還譲渡を受けないかぎり出資した旧権利者に復帰することはないが、旧権利者において返還を受けた場合にはさらにこれを他の酒造業者に譲渡することはできるというべきである。

(四)、これを本件についてみるに、前記争いない事実に≪証拠省略≫を合せ考えると、原告および被告が戦後内部的に復活を認められた新基本石数は備前酒造が製造免許を受けるとともに同会社に帰属したが、分離独立に際し同会社から各自の旧基本石数の割合に応じ、原告において新基本石数九二石、被告において同一八八石の各返還を受け、さらに同二〇石の無償譲渡を受け、法定数量三〇〇石を満たしこれを出資して鶯宿酒造を設立し製造免許を受けたことが認められる。そして、以上の認定事実に照して考えると、≪証拠省略≫中の酒造権の「貸与」「無償使用」等の言葉は、正確にはその有償譲渡、無償譲渡の意味に解せざるをえないし、かつ右各書面は将来の分離独立等に備え原、被告間の配分的割合を明らかにしておくため作成されたものと解するほかない。従って、右三〇〇石の権利は法律的には、備前酒造から鶯宿酒造に譲渡されたと見るか若しくは原、被告が備前酒造からいったん返還を受けて鶯宿酒造に譲渡したと見るかは別として、これらの権利はすべて鶯宿酒造に帰属し、さらに、吸収合併により新寿海酒造に当然かつ包括的に承継されたと解するのが相当である。してみると、前記合併当時原告主張の基準指数が原告に帰属していたということはできないから、その喪失による損害が原告に発生する余地はないといわざるをえない。それ故基準指数の権利喪失による損害賠償の請求はその余の判断をするまでもなく理由がないというべきである。

二、次ぎに株主権喪失による損害賠償の請求について判断する。

鶯宿酒造の資本の額は一〇〇万円(発行済株式総数二万株、一株の金額五〇円)であって、原告がその二分の一の株式を有する株主であったことは当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によると、何人により如何なる手続でなされたかは明らかでないが、鶯宿酒造が新寿海酒造に吸収合併された当時原告は鶯宿酒造の株主として扱われておらず、従って合併にあたり原告に対し新株の割当もなかったことが認められ、反対の証拠はない。そうすると、原告において格別合併無効を主張していない以上、原告の前記株主権は少くとも合併による鶯宿酒造の消滅とともに消滅したということができる。

ところで、≪証拠省略≫によると、鶯宿酒造は被告主張のように同三一年三月多額の債務超過を生じ、和議手続により大巾の和議債権の免除をえて営業を継続することができたが、その頃から和議債権の支払を保証し多額の融資をした安福商店が原、被告の全株式を担保として提供させ実質的に支配しているうち、同商店自身の経営が悪化し右経営から手を引くことになったが鶯宿酒造に融資を返済する能力がないため、同三九年四月新寿海酒造が安福商店の債権を肩代りして鶯宿酒造経営の実権を手にし、吸収合併の手続をとるに至ったこと、合併当時鶯宿酒造の負債総額約一九〇〇万円に対し基準指数の権利を含む資産の総額はほぼこれに見合う額が見込まれたけれども、負債の返済はもちろん独立で運転資金を調達する能力を有しなかったため、合併を拒めば破産となるほかない状態であったこと、が認められ、格別反対の証拠はない。右事実によれば、合併当時鶯宿酒造の株主権に積極的な価格を認めるに由なく、他にこれを認めうる証拠はないから、株主権を失ったことによる損害発生の余地はないというほかない。してみると、その余の点について判断するまでもなく、株主権喪失による損害賠償の請求もまた理由がないというべきである。

三、以上の次第で、原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 五十部一夫 裁判官 大沼容之 裁判官東孝行は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 五十部一夫)

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